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つれづれ日記
ホリスティック医学アカデミー卒業論文改訂版
              心療カウンセラー科       松本 久美子

専門学校で、実際に「論文お手本」として使われている室長の卒業論文の改訂版です。
[題目]
1. 日本における「縋り」の発想とカウンセリングの原点
2. 「捨て去る」という事と現代人の病巣
3. 癒しの多様化と現代人の「心」のあり方
4. カウンセリングの本質を問う

1.日本の歴史における「縋り」の発想とカウンセリング
(1) 忘れてはいけない魂の原点
 現在、学んでいるロジャーズの「来談者中心療法」を始めとして哲学・仏教の伝来を紐解いても、それは外国から齎され
日本の文化や風習を含めた日本人の「こころ」に適切な形で色を添え根付いたものであろう。
 日本の歴史、そして日本人の魂を語る時に外してはいけないものの一つに「仏教」がある。
幼い子供の頃から祖父母や親によって、神社仏閣の前で手を合わせるという事を私達は教えられて育つ。
 戦後、欧米化が進み外来文化が根付いたとはいえ、歴史的に振り返っても日本人の魂が受け入れた「縋り」の基本形は
キリスト教では無く仏教である事は、現在もその人口比率を計っても明らかであろう。
 寺田寅彦氏の文献にここの理由を論ずる為に適切な引用文があるので最初に記しておく。
[日本という土地柄を考えてみれば、地震があり、台風が通過し、洪水に襲われ、非常に不安定であり、
その自然がいっぺんに暴れ出すと人間は為す術を知らない。
人間の力なんて微々たるもので、その自然の猛威の前には為す術が無い。人は「天然の無常」を感じて生存してきた。
そういう日本人はこの中で、ただ自然を見ていたのではなく、自然の中に神の声を聞き自然の中に神が宿っていると
感じてきたのだ。]
寺田氏の論述によれば、日本人の自然信仰、神信仰は本質的には偶像崇拝や教義に関するものでは無く、
自然そのものの中に神が宿り神の心が宿っているのを肌で感じ取るところにあると、言っているのである。
 そういう繊細で鋭敏な感覚を持つ日本人の世界に仏教が大陸から入って来て色々な思想を齎し、その思想が大きな影響を
与えてきた。
中でも日本人の心の底まで深い影響を与えたのが「無常観」だったのではないかと、寺田氏は論じている。
そして、この無常観が、それ以前からあった日本人の「天然の無常」という感覚とぴったりと重なったという指摘をしている。
 個人的に仏教の日本への根付きを考えると、加えて、国をあげての各地への神社仏閣の建立という形式を持って
地域社会に住む人々に身分の区別を越えた普遍的で一般的な性格が社会に認められる様になり
より深く根付いていったのではないだろうか。
 そして、自然の中に存在する神の声を聞くというシャーマニズムを根底に日本の信仰において「先祖」という存在の持つ
権威と役割は現存する人間の日常生活を見守り、その行動の正邪を判断するだけでは無く
その運命をも予知し予言する存在でありそれが「先祖の霊」という位置付けをとり、日本人一般の行動を
その深層において支えているという特質ではないか。
その集大成が「墓」を中心とした檀家制度の定着であろうと思う。
 勿論、仏教はある側面で国策に利用されたのは否めない。
ハンセン氏病の隔離に大きな寺社が使われ、僧侶たちは「業報因果説」を説教し運命を恨めとのたまった。
浄土宗住職大我は徳川幕府擁護の為に著書「三い訓」で「恐怖の呪縛と権力への追従」のノウハウを仏教の教えの中に
求めようとした。
 しかし、民衆サイドから見た「縋り」の本質はもっと日常的で個人的な性質を持ち、飢饉や疫病・貧富の差・生れ落ちた
不平等等、自身では埋められない「こころ」の不条理感から発生した人が生きていく為の支えを求めた点に
特徴があると思う。
 この「こころの支え」という部分に日本のカウンセリングの原点を見た様な気がしてならない。

(2) 縋りからカウンセリングへ
 ニーチェは著書でフランス革命の根源は「ルサンチマン」(怨念)であると記した。
人間のルサンチマンは権力の強弱、貧富の差により嫉妬となり、それは社会化して外に向けられ革命運動のエネルギーになる
という思想である。
 しかし、日本の怨念は社会化する事が無く「祟り」として転化し封じ込められて内向的に押え込まれて来た歴史がある。
怨念からのエネルギーでは無いが一向一揆も革命には程遠い。
 このエネルギー転化の仕方は、日本の「縋り」の体質を顕著に表しているのではないだろうか。
換言すると農耕民族という最も自然に左右された受身の国の根本体質とも言えよう。
 こうした体質が歴史の中で、神仏に縋る事=神仏に願う事や寄りかかる事により、他力本願的に悩みから開放されたいという
葛藤のこころの支えを作るという、ある意味での自浄作用の形式を生み出したのではないだろうか。
 解脱すれば「悩み」の実体さえ皆無であるはずなのに、過去も現在もそして多分未来も人間のこころが求めているものは
「生への欲望」であり「生きる事への飽くなき追求」である。
自己の存在証明のエネルギーの向け場所が「縋り」なのであろう。
 この一方的にエネルギーを向ける日本人的縋りの姿はクライエントの第一段階に相似している様に感じる。
 勿論、カウンセラーは阿弥陀如来では無い。
自分が自ら船で迎えに行き万民を船に乗せ極楽浄土に案内するわけでは無い。
万民が縋れる平等性は同じであろうが、クライエントに自分の乗りたい船を作ってもらい、
自分の思う方向へ船を漕ぎ出してもらうというあくまでそこまでのサポート役がカウンセラーの本質であろう。
 神仏の声は自己の感性で一方的に受け取るものであるけれどカウンセラーの発する言葉は直に生でクライエントの耳に入る。
クライエントの感性を、こころの深層から手繰り寄せる言葉が必要とされる。
 カウンセラーは昔、高僧や長老がその責務を担ったと、学習したがここでカウンセリングを職業とする者に必要なのは
縋らせる者と縋りつく者の根本的な違い、つまり、「何物にも縋らない自分を構築する強き魂」ではないだろうか。
ロジャーズによるカウンセラー自身の自己統一にあたる部分であるのかもしれない。
以前、ある僧侶に「法衣を身に纏い剃髪をした姿で目の前に座すれば病んだ人々は心を開き、心を許す存在と受け止める。
それが日本の歴史の性であろうが、だからこそ己は自分の心を律し、自らが責任を自分自身に投げかけて生きられよ。」
と人生訓を話した事があるが、吐いた言葉が今、自分自身に還って来る。
「カウンセラーも白衣を身に纏い、目の前に向き合い、クライエントがこころの膿を抱えてそれを癒すために喘いで来るのだから、
縋りついて来る、その信頼を裏切るような自分であってはならない。」と。
 カウンセラーとしての経験が必要であろうが、経験から学ぶものを見逃さないように自分を磨いて、魂を鍛える事が
大切だと感じる。

2.「捨て去る」という事と現代人の病巣~境界例~
(1) 種田 山頭火考
 種田 山頭火という句人がいる。
あるがままに放浪生活を営んだ人物なのだが、有名ラーメン店の屋号にもなった位、一部では山頭火ブームが起きたらしい。
 人物像を見る前に、その略歴を記してみる。
[出家までの軌跡]
 明治15年、山口県西佐波令村に生まれた。
山頭火が11歳の時、母フサは井戸に投身して自殺する。
当然、彼の受けた衝撃は大きく、彼はその不幸を一生背負って生きて行く事になる。父は遊蕩三昧の生活で、山頭火は祖母ツル
の手で育てられる。
県立山口中学を出て早稲田大学に進学するが、神経衰弱のため退学して帰郷酒造業である家業を手伝いつつ、
文学活動に熱中する。
大正5年には、酒造業が破産、妻子を連れて熊本に移住する。
そして、大正7年には、弟の次郎の自殺の報に接する。
家業の倒産を受けて、養子に出されていた次郎も、33歳の若さで、悲運の最期を遂げた。山頭火にとって再度の衝撃であった。
大正8年には単身上京し、翌年妻サキノとも離婚する。
しかし大正12年関東大震災に遭遇し、熊本に帰る。
そして、大正14年熊本市の報恩寺で出家し、禅僧「耕畝」となった。
以後、漂泊と定住の生活を繰り返す。
しかし、彼の人生は禅僧としての修行に徹する事も出来ず、強さと弱さ、人間嫌いと人恋しさ、そして放浪と定住の繰り返しなど
きわめて苦悩と矛盾に満ちたものであった。
文壇の師を学術的に表現する事は好ましくないが、山頭火が全てを捨てて流浪の民と化した姿は「パラドックスの行動学」
ではないだろうか。
行乞姿は、あくまで表象的なものであって、本来の心の開放感を山頭火の句から追ってみると
     やっぱり一人はさみしい枯草
     やっぱり一人がよろしい雑草
と、一見矛盾した対の句にある様に「捨てる事自体に拘りたくないのに拘ってしまう=何も捨てきれない自分」
「拘っているのは、捨てるという行為の表面だけ」という姿が見えてしまうのは私の思い過ごしであろうか。
 山頭火は漂流する事で、自己の内面と向き合い、自己を回復し自己を統一しようとしたのであろう。
そして、統一に至る過程の「自己と対決する姿」を句として、日記として残したのではないだろうかと作品を通して痛感する。
 彼の言葉を借りて言うならば「人生は過程だ。」ということか・・・。
完結した自分自身では無く、そこに至る過程のまま鬼籍を迎えた人なのだと思う。

 では、捨てる事自体に拘り、捨てる事に美学を持つ山頭火とは、どんな人物だったのであろう。
 それは「捨てられた(と感じる)自分への拘り」だったのではないだろうか。
種田 山頭火は、人生の略図において、何かに捨てられそして、自分自身によって自分も捨てられ、逆説的な行動を取る事
で迷いの人生、矛盾の人生を旅したのではないかと思う。
 多分、自分が嫌いな事柄、望まない選択を拒否して生きることが出来なかった生来の性格を持ち合わせながら
自己を形成してしまい迷い苦しみ、酒に溺れ
そんな自分をも捨てる事で安堵感を覚えようとしたのではないだろうか。
(2) 境界例
 種田 山頭火を分析してみて感じる事、それは、彼は、典型的な自暴自棄型の境界性人格障害では無かったろうか
という事だ。
それが、もしかして、現代人における「見捨てられ感」という世相にマッチして彼の生き方が受け入れられブームの波と
なったのではないだろうか。
 人口の2%が、この境界性人格障害と言われている事から、日本にも約250万人のボーダーラインの人間がいる計算になる。
 この病気は、心のもつ共同性がバランスを崩す精神失調で、研究者の多くは原因を「母親との関係」に見出している。
人間の依存性の本源は、先ず生れ落ちた時に養育者によって、充分に護られて安全が得られ、受け入れられ
存在する事が承認され世界との関係が始まる点である。
これが精神発達の出発点で、依存性にこそ「こころ」という働きの最初の核があるのだ。
「こころ」の形成、すなわち精神発達とは、一個の固体として生れ落ちた子供が、養育者への依存に始まって、
人々が互いに依存し合う共同性の世界へと次第に歩み寄ってゆく過程に他ならない。
 山頭火は自身が11歳の時に、依存したい対象であった母親が自殺している。
幼児性の依存パターンから抜け出しきらない思春期に突然、母親以外の世界へ投げ出されて、そこで、こころの底から安心して
身を委ねられるものを求めているのに得られず「見捨てられ感」を感じ甘えたいのに甘えられないこころの抑圧が彼を呪縛し、
共同性の世界への移行がスムーズに行かなかった事、それならば共同性の世界を自ら捨てる事にすれば、
永遠に移行しなくても済むのではないか・・・山頭火の深層に働いていた
「捨てる事への拘り」の正体は、ここでは無いだろうか。
(3) 心のもつ共同性
 こころの共同的構造が認識というレベルで機能すれば、人間はそれぞれの個体のもつ生理的な感覚・知覚のままに
世界を捉えているのではなく絶えず「意味」や「関係」の相において世界を捉え返して、それによって個体の認識世界を、
社会的に他人と共有可能なものとしてゆくというこころの働きとなって現れてくる。
 人間のこころの働きは、高度の共同性をもっている。
精神発達とは、この共同性の獲得のプロセスに他ならない。
 その精神生活で大きな焦点となるものが、他人との関係の中で自分は安全なのか、受け入れられているのか、
存在そのものを認められているのか、という問題である。
裏を返せば、自分は他人との関係において安全を脅かされまいか排除されまいか、承認を奪われまいか、
といった不安や恐れが焦点となる。
何故、大きな焦点になるのかは、人間とはまわりへの「依存性」を生きる存在だからである。
「依存性」を他人から基本的に保証されるかどうか、これは、社会的な生存に関わる事である。
「安全」と「受容」と「承認」とがあって初めて安心して世界に身を委ねつつ生きられるのだ。
 人生の総体が「人間関係」ならば、どんな人間とどんな関係を結びたいかしっかりと見据えて生きていきたいものだ。
 そして、母親という「体内から個体を生ずる者」「母性をもって、その個体を慈しむ者」から、鳥類が巣離れする様に親離れ、
子離れのタイミングを上手に作り一個体の人として自立の道を歩みたいものである。
 また、この「見捨てられ感」という心の問題について述べると近代日本の生活様式の急激な変化に、
人のこころの変化のペース が着いて行けなかった事も「境界例」の人々が近代において増えている理由に挙げられると思う。
 哲学者レヴィストロースが世界の三大奇蹟に「日本の戦後復興」をあげている。
それだけ我が国の高度経済成長は凄まじく飛躍し、民衆に欧米化した生活様式を齎した。
長屋形式の「向こう三軒両隣」から「アパートメント」というプライバシー厳守の生活へ。
孫と祖父母が同居するスタイルの「大家族」から夫婦と子供達だけの「核家族」へ。
兄弟が4人、5人から一人っ子の時代へ。
卓袱台で皆で夕食を食べ、それを勉強机と共有した生活から、子供達が幼い頃から一つのコンパートメントを与えられ、
父親は経済成長の波に乗って残業し、子供は塾へ行くために夕食も、家族疎らという生活へ。
日本の変化は戦後50年を取っても、余りに急な様変わりを呈してはいないだろうか。
 その急激な変化に、人の心だけが置き去りにされあたかも豊かな暮らしとは、物質的裕福さを示している様な錯覚に人は陥り
「こころの豊かさ」が、その経済発展の影に犠牲となって忘れられてしまってはいないだろうか。
 現在の日本の、失業率や倒産率に「バブル崩壊」「経済の行き詰まり」を見ることが出来るが、
ここで、もう一度「人間が人間らしく生きるとは如何いう事であるか」銘々、考えてみる時期が来ているのだと思う。
 共産主義が崩壊し、資本主義はその姿を変えようとしているなか人の「豊かさ」の価値観を自分なりに捉え返してみる
必要性を感じる。
 だからこそ、現代に生きる人々に必要とされているのが「カウンセリング」であると思う。

3.癒しの多様化と現代人の「こころ」のあり方
 アロマセラピー、旅行、ペット、飲酒、読書、写経、映画鑑賞ガーデニング等々「傷ついた心と、疲れた身体を労り、
明日生きていく為のエネルギーとする。」
近年、「癒し」と言う概念が、現代人に根付いている。
IT革命や経済構造の複雑化によって、ストレスの有り様が多様化し自分自身の癒し方の種類も千差万別になり、
個人的な単位で日常的になってきている。
 当然、活力とするエネルギーの再生は内面的に、個人=自分のみの修復という観念に向けられる。
 何故、こんな事を言うのかというと、TVを見ていて単純に疑問に思った事があるからである。
「イラクの自衛隊派遣に抗議して、なんで、学生運動が起きないのだろう。」
 日米安保条約の締結に対して、平和とは何か、民主主義とは何かを問い詰め一頃の日本の学生は、
色とりどりのヘルメットをかぶり、ついには革命というイデオロギーに向かって、安田講堂を占拠し
「世代を背負って立つのは自分達なのだ。」と、既成概念に対して立ち向かったではないか。
 個人のエネルギーを外に向け「日本の在り方」をアジテーションして来たではないか。
 しかし、現代人もしくは現代の若者の意識は常に自分自身に向けられエネルギーのベクトルも、必然的に内に向けられて来た。
 この社会風潮は、どんなイデオロギーなのかと考えて行くと「末法思想」の頃(平安後期)と、重なり合うのではないだろうか。
長い平和の後で、中央政府の統治能力が次第に弱まり、治安が乱れ各地で犯罪や騒乱が頻発するようになり、
世相が混迷し、末法思想が急速に広まった時代と、現代とは似ていないだろうか。
貴族文化が爛熟期を迎えた、その直後から社会全体に自壊作用が強まり解決策が見えないまま
どうしようもない「閉塞感」が、社会全体を覆って先行き不安心理が強まるという点でも、今の世相と変わらない時代背景が見える。
 現在の多くの問題は不景気に原因があり、景気が回復すれば問題は解決するかのように考えられているが、
現実は混迷の先に、明るい光が見えてくるわけでも無く、構造的な問題の部分で財政赤字の拡大の原因は、
徴税能力という国権の基本の低下にある。
統治能力が疑問である国家に対して、現代人の意識は外には向けられず「閉塞感のある鬱屈とした日本の空気」は
「あきらめ」という概念をもって個人という内なる方向へ、その解決策を求めるようになった。
 欧米の個人主義の風潮の中で教育を受けた人間や、その人間が育んだ者達の「こころ」のあり方が、
個人主義の目的を曲解して「社会」という概念を狭めて、小さくしている様な気がしてならない。
 そこに生まれたのが、現代ストレス社会を、個々に生き延びる為の「癒し」という発想ではないだろうか。
 カウンセリングとは「個人の自然治癒能力を信じ、それを引き出すお手伝い」を、するものである。
人間の内なる心をサポートし、真の意味での自立を手助けする。
現在の我が国の「閉塞感」が、国家構造から生まれた末法思想ならば
今度は、個人のサイドから1億の民に一人一人、この「閉塞感」から脱却してもらう、その介助役である「カウンセラーになること」は、
ヘルメットをかぶって国家との衝突を見なくても、人間という一単位の側から、鬱屈した日本の現状を打開出来て
社会に関与していける「癒し」の援助が出来ることでもある。

4.カウンセリングの本質を問う
 渋谷を歩く高校生の80%が読んだという「ディープラブ」という携帯のネットから流行した小説がある。
主人公は「何で、私は生まれてきたのか。生きている意味は何処にあるのか。
もう、何時死んでも構わない。」と、援助交際で生活しているアユという名の現代を象徴する女子高生である。
このアユが一匹の捨て犬を拾った事から様々な人間関係が生まれ一人の心臓病の少年を愛してしまう。
そして、彼の心臓移植のための費用を稼ぐ為に、一度止めた援助交際を今まで以上に続けてしまう。
結果、エイズに感染し、少年との愛を育めずに「死にたくないって初めて思う。」と言いながら、孤独に息を引き取る。
 小説の質としては、かなり貧弱であるが、援助交際をしている女子高生達の最上の「カウンセリング」になったらしい。
 これまで「仏教」や「社会」という側面からカウンセリングという事を考えてみたが、人は孤独には生きられない生物であって
「誰かの為に生きたい。」
「自分が生存している意義を見つけたい。」と感じる精神を持ち合わせているのだろう。その欲求が満足できない時に
心が病んでいき崩壊し、誰かにそれを解ってもらいたい、共有して欲しいとカウンセリングに訪れるのであろう。
柳田先生の言葉をお借りすると「淋しい心」である。
 社会現象が移り変わって文化や生活様式が変化しても、病の表層的な出現の仕方が様変わりするだけであって、
アユの言葉に代表されるように心の本質には共通する永遠のテーマが流れているのだろう。
受容・共感・傾聴、カウンセリングにあたって重要な柱となるコンセプトは人間の自然治癒力を引き出す時に重大な鍵になる。
 理学療法士をしていた人に、その経験を、お聞きしてみた。
その方は主に、皆が嫌がる感染病患者のリハビリを担当していたのだが「リハビリに一番大事な事は、相手の心を開く事。
その為にリハビリ開始の前に患者さんと手を握って接触し、四方山話を10分毎日する事を心がけた。この時、
御爺ちゃん、御婆ちゃんという抽象的な呼び方では無く、必ず名前で呼んであげる事。
自分は、勤務終了の時間帯に必ず、顔を出して帰る事にしていた。
繰り返して行くと重症の梅毒患者の人が、一人で歩行可能になったり医者も驚く結果が起こる事もある。
それは、患者さんの生きる心の支えを作る事によって、本人の持っている能力を最大限に引き出せるという、
医学で不可能な部分を補佐できる場合もありうるという事を示唆していると思う。」
 「こころ」の持つ相乗作用は、無限大の可能性を秘めている。
日本語に「目の前が明るくなる。」という表現があるが、現代に生きる心の歪みを解消する事によって、
人間は人生に取り組む姿勢を前向きに考える事が可能となる。
 カウンセリングのもつ意味は、その場だけの心の鬱の掃き溜めでは無い事を理解しておきたい。
人間は「衣・食・住」という根本だけを取り上げても、一人で生きては生きていけない性質を持つ。
だからこそ、しがらみも生じるのであろうが、心の内面では必ず自分を理解してくれる事を望んで生き
パートナーシップを求めて生きている。
人間の本質に前向きになれない心の援助が出来たなら、カウンセリングの持つ可能性も無限大に広がって行くのだろう
と思う。

 最後に、今回「ホリスティック医学アカデミー」に通学させて頂いて最上の喜びは柳田先生と出会えた事です。
先生は(私が思うに・・・)多分「差別観とか不平等観」が嫌いな方の様に思います。
だからこそ、人間に対して「先入観や偏見」を持たずに取り組めるのだと感じました。
 私の人生観及び社会観のひとつに「生れ落ちた時に何故に人間は平等では無いのだろう。」という疑問があります。
勿論、現代においては本人の努力という緩和剤の効き目は確認されているのですが、カウンセリングを学んでいる先生のクラスで
「人間は依存期のトラウマを引き摺って生きているのではないだろうか。」この事柄を皆で、議論したりしています。
 そして、平和な日本にあっても、川の傍で職業を規制されて生きている人や立場の弱い人間が、
巨大な権力に対し自分の正当性すらも叫ぶ事が出来ないこれが「民主主義」の姿なのかと思う事があります。
 柳田先生は、どんな人間にも同じ視点で他者を見られる目線を持っていらっしゃる方の様に感じます。
 先生に、カウンセリングを習えたという事は私の誇りと励みになります。
有難う御座います。

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