15.(H.18.10.6記)
カウンセリングと先入観
先日、社会的に高名だとされる先生(カウンセラーではありません)と、ご一緒させていただく機会を得て
個人的にお話させて頂きました。
どうやら、不肖な私も一応、カウンセラーの仲間入りをした模様です。笑。
その席での会話。 (Aが先生、Bが私です)
A・「君は仕事は何なのかね。」
B・「カウンセラーです。」
A・「何で食べているのだね。」
B・「開業カウンセラーです。」
A・「いや、仕事は何なんだと聞いているんだよ。」
B・「カウンセラーです。」
A・「だから、何で食べているかということだよ。」
B・「(恕)カウンセリングです! ! !」
???どうやら、先生は、カウンセラーなんて食べていけない仕事だから、どうせ何か他の仕事を持って、それで生計を
立てているに違いないと勘違いしていたみたいでした。
B・「はい、私はカウンセリングだけで食べていっています。」
A・「\(◎o◎)/!」無言。
このように自己の先入観をもって、他者を見ることは、一般社会の中では有りがちなことかもしれませんが
カウンセラーという職業柄、先入観はご法度な価値基準だと思っていますので、私は少しムッとしてしまいました。
カウンセラーが他者を見る時に、例えば
社会的な地位のある方だから、悟りを開いていて心は安定しているに違いない・・・とか
不純な異性交友をしているから、きっと性格も滅茶苦茶だろう・・・とか
全く、意味不明な先入観をもって、カウンセリングに臨むことは、非常に危険なことだと思っています。
私たちは*感情*に寄り添うのであって、行為やその人の成してきたことに寄り添うのではありません。
私は若いころ、石を投げれば「社長か先生」に当たると言われた場所で働いていました。
そのせいなのか「先生」という、私への呼称を半分、聞いていません。笑。
カウンセリングをしているのは、あくまで「松本 久美子」という心理を勉強した一個人に過ぎないことを
私は忘れたくありません。
どんな人間も「平等に自己の感情」を所持しています。
カウンセラーとして生きるにあたって、日常的に先入観を取り去り、こだわらずリベラルに生きていきたいと
そして、自分の目を曇らせることなく、人と人は平等であるという出発点を見失うことなく
日々を送りたいと感じた一日でした。
どんな時も「透明なる目」を持っていたいと思います。
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