3.(H.17.01.31記)
今、何故、韓流なのでしょうか?
「土曜日の午後 4 時には電話しないで」と、田舎の母が言います。
どうやら「天国の階段」という韓国製作のテレビドラマを見ている様子です。でも何故、今、韓流なのでしょうか ?
何故、純愛なのでしょうか ?
昭和 20 年 8 月に太平洋戦争が終わりを告げ、その 7 年後に「君の名は」という岸恵子主演・放映時間には銭湯の
女湯が空になるというメロドラマが一世を風靡しました。
「忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓 ( ちこ ) う心の悲しさよ」という、ナレーションで始まる同じく
純愛ストーリーを韓国のドラマに感じます。
純愛ドラマは「冬のソナタ」というヨン様主演のドラマが去年大流行しました。
母たちの年代は、自分の青春時代を回顧し懐かしきストーリーに嵌っているのでしょうが
若い世代も韓流と呼ばれる「主人公と美しきヒロインが織り成す長い年月、会わずして相手を思い続けられる。
出会ったと思ったら主人公のどちらかが死んでしまう。」というひところ前なら「く・さ・い」と言われそうなメロドラマに
涙すると聞きます。
何故に幅広い世代が、引き寄せられるのでしょうか ?世の中に流されずに、欲求に捉われずに生きる一組の男女の愛。
純粋・純真・まごころ・絆・・・人の「こころ根」が本来、求めているものは「火遊び」ではなく
「愛するものとの絶対的な愛」なのでしょう。
私の青春時代は「なんとなくクリスタル」なんて流行語が出て、お互い表面的に楽しければそれで良い。
愛は軽い方が重荷にならない。さらっとこなそう ( 笑 ) 感覚が主流でした。
まだ、世の中の景気も上昇気流でしたので人の視線が「ワインでフレンチ」が格好良いとされ、
私は「人の絆って何だろう。」と疑問に思いながらも主流に流されて生きてきた気がします。
もちろん、私と同じ世代の友人たちは、その主流に淋しさを感じ真実の愛を求めて結婚し子育てに追われ
「フランス料理」どころでは無くなっている現実は微笑ましくもありますが・・・。
人の視線が「癒し」や「救い」を求めるようになった現在、もう一度、人と人の「絆」を考えさせられる純愛ドラマが
流行していることは、
人のこころと対話するカウンセラーにとって「ほっ」とする時代であり「むなしさ」を抱えるような愛に
流されてはいけないという、私の反省点でもあるのだと感じさせられたブームです。
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